小さな旅のそのまた小さな旅シリーズ2️⃣ 鶴見〜新子 安

1 今日のテーマ 鶴見と新子安、三十余年の記憶を辿る小さな再訪の旅

2026年5月月曜日。
久方ぶりに「そのまた小さな旅」へ出でたり。今回の目的は、かつて横浜市鶴見区および新子安界隈で暮らした独身寮跡地を訪ね、街の変化と己の記憶の揺らぎを確かめることであった。

昭和末期から平成初頭にかけ、湾岸物流と海運業がまだ濃厚なる気配を漂わせていた時代。若き日を過ごした町は、三十年を経た今、マンション群と再開発の風景へ静かに姿を変えていた。

されど、坂道の勾配、線路脇の空気、商店街の匂いだけは、不思議なほど当時のまま残っているのである。

2 基本情報 鶴見「ばーく」と子安台周辺の現在地確認(2026年)

まず向かったのはJR鶴見駅。駅近く、鶴見線ガード下にある老舗洋食店「ばーく」を再訪した。

同店はテレビ番組「きたなトラン」でも知られる有名店であるが、1990年代当時はまだ地元密着型の洋食屋であった。今回はチーズハンバーグ定食を注文。価格は1900円前後。昨今の物価高を反映し、往年の“安くて腹いっぱい”という印象からは変化していた。

また、鶴見西口側の商店街「レアールつくの」は、往年より空き店舗が増加。古着店・リサイクル店が目立ち、地域商業の変化を感じさせた。

その後、諏訪坂方面へ移動。かつて企業寮が並んだ高台住宅地は、現在も落ち着いた街並みを残している。途中立ち寄った老舗古書店「西田書店」は健在であり、時代を越えて営業を続けていた。

当時の鉄塔配置や坂道形状とも一致しており、寮跡地である可能性は極めて高い。

3 旅の情景 三十年後の坂道にて過去の自分とすれ違う

鶴見駅を降りると、湿り気を帯びた初夏の風が吹いていた。京浜東北線のホームに漂う金属と油の匂いは、昔とさほど変わらぬ。

ガード下の「ばーく」の引き戸を開けた瞬間、時間が少し巻き戻る感覚があった。店内の配置は曖昧にしか思い出せぬ。記憶とは斯くも不確かなものかと思う。

厨房には、かつて赤ら顔で無愛想だった店主の姿。腰を曲げながら黙々と鍋を振るう姿に、三十年という歳月を見た。代わりにホールへ立つ若者は、その目元が店主に実によく似ていた。

諏訪坂への道中、商店街を歩けば、かつて賑わったであろうアーケードに静けさが漂う。閉じたシャッター。集合住宅へ変わった店舗跡。地方のみならず、都市近郊商店街もまた厳しき時代を迎えているのであろう。

それでも、西田書店だけは変わらず存在していた。古書の匂いは、記憶を強引に呼び戻す力がある。

坂を上れば、かつて暮らした企業寮跡地。今は宗教施設へ転用され、往年の面影は薄い。だが、昭和坂上のバス停だけは昔のままそこにあった。

あの頃、偶然出会った故郷の同級生たち。鶴見のバスターミナルで、突然名前を呼ばれた記憶。人は案外、そういう瞬間を一生忘れぬものだ。

さらに国道一号を南へ歩き、新子安方面へ。ネットの情報を頼りに辿り着いた跡地には、既に新しいマンションが建っていた。

だが、鉄塔の位置。坂の角度。遠く港を望む視界。

「ああ、確かにここだった」

そう確信した瞬間、曖昧だった青年期の風景が、一気に輪郭を持って蘇ったのである。

4 結び 小さな旅とは記憶の補修作業なのかもしれぬ

今回の旅は、観光名所巡りではない。
ただ、昔住んだ町を歩き直しただけである。

されど、人間にとって「かつて確かに存在した自分」を確認する作業は、案外大切なのかもしれぬ。

街は変わる。店も消える。企業も合併し、寮も取り壊される。

しかし、坂道を登った感覚や、夕暮れの空気、ガード下の匂いだけは、不意に当時の心を呼び戻す。

小さな旅とは、過去への郷愁ではなく、記憶の断片を静かに補修する営みなのであろう。

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